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| 9月20日(木) 安保法案って・・・? |
安保法案って、なんだか良く解らないけど・・・。どうして、阿部さんは国民があんなに大騒ぎして反対しているのに、それでも強引に決めてしまうんだろうね?
・・・。う〜〜ん。イイ質問かな?('ω')
仮に、あの場で野党側の要求を受け入れて、さらに、あと100時間とか、それ以上の審議時間の延長をした処で、やはり、最後には同じ光景にはなってただろうけどね?
与党側が、あの法案をこの国会で通すとしたら、あの機会にあの方法で一瞬に決める以外には方法がなかっただろうけどね?
理想を言うならば、国が武力なんかを持たなくても世界が平和で、世の中が平穏であるならばそれが一番だよね。
誰だって、どこの国だって戦争をしたいとは思わないだろうし、特に、日本人の場合には先の戦争でこりごりの経験と思いをしている訳だから尚更のこと・・・。
つまりは、話せばわかると云う理屈で相手側に凡て通用するのであれば武力の必要性というのはないのだろうけど・・・、残念ながら、人間というのは、そう単純には行かないものだよ。
尖閣諸島の問題にしても、もし、アメリカがこれ迄に、「尖閣問題での有事の際には日本を守る」と云う意思表示を再三にわたって中国側に伝えてなかったとしたら、中国はとっくに尖閣諸島を押さえていただろうし、その後にそれを「返してくれ!」と話し合いを求めた処で返してくれる訳もない。現実には・・・、ロシアに取られてしまった北方領土や韓国に取られてしまった竹島同様に、取り戻そうにも取り戻せないというのが現実問題。
それと・・・。中国が腹の中で考えていることは、先ずは尖閣だけど・・・。ゆくゆくは、與邦国島とかの沖縄県の南西の島々から・・・という本音と欲望もある。
今後の海洋大国を目指す上で、太平洋に向けての出入り口の大半を日本の細々した島々に塞がれているのが何とも窮屈だし、不便だからね?
ともあれ、何事につけ、どんな意見や主張にしろ、世の中の事、凡ての主張や様々な問題点には、コインの表裏と同じ様に裏と表があるもんだよ。
案外と、他人の意見や主張を全面否定したり、ただ単に反対や批判するのは容易なことだけれども、じゃあ、どう云った解決策があるかと云うのを説得力のある建設的な意見として提案すると云うのは必ずしも容易なことじゃないよね。
国会での審議を見ていても、ただ、反対のための反対の様な意見ばかりが多いみたいで、どういった代案や解決案があるのかとなると、なかなか、さっぱり見えてこない様な・・・。
要は、賛成意見にしろ反対意見にしろ、自分の立場と考えの基本軸足を何処ら辺において考え、モノ言うかによって主張内容も簡単に入れ替わってしまう訳だし、正反対の考えになったりもするもの。
政治家の発言を見ていても、よくコロコロと言う事が変わったり、変遷したりするのには驚かされたりもするもんだけどね? 時には滑稽にも思えたりとか・・・。
ふう〜〜ん。
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| 「矛と盾」 |
「矛と盾」と書いて「ムジュン(矛盾)」と読むけど・・・、この言葉の意味の話と云うのは知ってるかな?
うん!知ってるよ。学校の授業で先生が話してたから。
昔の中国の故事で・・・。ある時に、矛を売っていた商人が「この矛は素晴らしい矛だから、この矛でもって突き通せないものはないよ! さあ、買った買った!」と商いをやってたんだよね。
そしてまた、後日の別の日には、今度は盾を売っていて・・・。「この盾は素晴らしい盾だから、この盾を突き通せるものはない!」とね。
それで、その両方の話を聞いていたある客が、「じゃあ、あんたが売ってるその盾を、この前売っていた何物も突き通してしまうという矛で突いたらどうなるんだね?」と訊いたら、商人は返す言葉に困ったという話だよね。
そうだね。
所詮、この世はそう云った矛盾だらけで溢れてるよね?
人は、一人ひとりの凡てで生い立ちや育った環境、受けた教育、人との出会いや、ありとあらゆる経験等で異なった背景があり、その意味で、価値観というのも十人いたら十人、百人いたら百人百様に存在する訳だから、基本的には何から何までに完全一致という訳にもいかないもの。だから、共通した処でのまとまりとか、あるいは何処かでの我慢や歩み寄りとかの妥協で集まったり、まとまったりしていくしかないよね。その数が多ければ大きいほどに意見や主張というのは通り易くなる。
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| 「群盲象を撫ず」 |
モノを見る時には、どの位置から、どの様な角度から見るかによって、また、どの様な光がどちらの角度からどの様に当たるかによって、その見える形と云うのも大きく変わって見えたりするものなんだよ。
例えば、遠い手の届かない場所の暗闇に円錐形の立体があったとして・・・。
それを、どの位置から、どの様な光を当てて、どの様な距離、角度の位置から見るのかによって、それは、〇にも見えるし、二等辺三角形にも見えるし、他の形にも見えたりする。
実際には、今現在でも、自分と同じものを同じ視野と角度から厳密に同じに見えている人と云うのは世の中に二人と居ないんだよね。
うん。それは解るよ。
昔のインドの諺(ことわざ)にも面白いのがあるよ。
「群盲象を撫ず(ぐんもうぞうをなず)」ってね。
これは・・・、何人かの生来の盲目の人達がいて、つまり、その人たちにとっては、ゾウと云う動物がどんな生き物なのかというイメージがなかった訳で・・・。それで、ゾウと云うのがどんなに大きな生き物であるかというのを理解してもらおうと思って、ある日にゾウの前に連れて行き、それぞれに触らせた訳だよね?
その結果での感想がどうだったかと云うと、様々な思いや感想の発言があった。
像の鼻の部分を触った人は、「ゾウと云うのは、大蛇みたいな生き物だった」と主張する。
また、その足の部分に触れたある人は、「ゾウと云うのは、太い柱の様な生き物だった」と云う。
耳を触った人は、「大きなウチワの様な生き物だった」。腹を触った人は「大きくて壁の様だった」。尻尾を触った人は「縄の様な、蛇の様な生き物だった」とそれぞれに言う・・・という様な話。
ちょっと、これは滑稽な様な、面白い様な例え話だなとは思うんだけど・・・。
所詮、人間は誰でも、自分の目で見えたものこそを一番信じる傾向がある訳で、只、自分と全く同じ光だけを見て来たという人はこの世に二人と居ない訳だから、その蓄積の上では、全てにおいて考え方が全く同じという人は存在しないということになる。
だから、いつも、自分の考え方が一番正しいと信じて譲らないとしたら、世の中は全てが成り立たなくなってしまうもの。
つまりは、それを乗り越えた人間の知恵としては、ある処では互いに妥協しながらも、また、自分には無い様な他人の長所に気付いてはそれを学習したりしながらも互いに成長していける訳だよね。
それと、やはり、感性や考え方の近い方が当然に衝突や摩擦も少なかったりする訳だから、そう云った「類は友を呼ぶ」様な訳での友達関係やら、何らかのグループやら、或いは政治の世界であれば政党やら派閥グループやらとかが出来て、共通の目的や目標を掲げての行動を取ろうとしたりもする。
まあ、何かの意見を押し通そうとするには、一人よりは二人。二人よりは三人。三人よりは・・・という訳で、とにかく、数が多くなればなるほどに前に押し進め易くはなる訳だよね?
政治の世界であれば、数が少なければ、なかなか何も通らないということに・・・。
それで、最後の手段としては、ともあれ、大暴れ、大騒ぎして存在感をアピールする以外には手がないと云った処だろうね。
TV中継されているのを意識して、オレは(ワタシは)こんなに反対、抵抗したんだぞ・・・ってね?
先の三角錐の問題、ゾウの話にしても、その対象を様々な角度からの光を当てたり、様々な角度や場所からも良く観察すれば、実態と云うのが良く解ってくるもの。
地球上のあらゆる場所での人類が抱えている様々な紛争や大小の問題事も、その中での当事者としての立場視野の中からでは、一方通行的な視野としてしか見えなかったり、見え難い様なこともあるだろうけど、ある程度に距離を置いた外から冷静に眺めたり、あるいは、中にも入ってみて色んな立場や角度からの分析をしたり、或いは、宇宙から眺めてみたりもすれば、根本的な原因やよりマシな解決法と云うのは案外、見え易いものだろうけどね?
人間には、個人にしろ、その集合の組織や国家にしても所詮は個人のエゴの集積みたいなところがあるから、その中にいて、どちらかの側の立場での限りにおいては永遠に問題の解決策を見いだせないという問題だろうね?
ウヲオオオ〜〜〜ッ。ムンズカシィヨォ〜〜〜((+_+))。何がなんだかぁ〜〜〜"(-""-)"。
それに〜〜ぃ。長すぎるぅ〜〜〜。(*_*;
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| 「人間社会の問題解決が永遠に困難な(解決に至らない)ことの原因は・・・」 |
人間が、地球上での様々な問題をこの先何千年経っても解決できないどころか、ますます混迷の度を深め行くばかりで、危機打開の道を見出せないのは、つまりは、地上という人間社会が2次元的な平面世界だからなんだろうね?
??? 2次元?
一次元の世界と云うのは、単に一本の直線上だけの世界。例えば、誰かが前方からこちらに向かって進んで来た場合に自分の取り得る行動としては、衝突を避けて引き返すか、または、前に進むのであれば、相手方が引き返してくれるか、または、その相手を排除して前に進むかの何れか選択肢がない。
これが、2次元の世界であれば、つまりは平面と云うことになるので、前方からの相手方との衝突を避けるには自分か相手方の何れかが少々横に位置や方向を変えるなり、迂回することでの回避もできる。つまり、人間社会の地上世界というのは、この2次元の平面世界に似たようなものとも言える訳だけど・・・、これもまた、その内には色んな問題が起こってくる。
???
例えば、縄文時代の様な・・・。
というか、何千年前の地上の様に、人間の数が少なくて、皆が一様に質素で貧しかった時代には、多分、摩擦や衝突と云うのは遥かに少なかっただろうかなとは思うんだけど・・・。
地上での人間の数が増えて混みあってくるにつれて、そう云った摩擦や衝突のトラブルというのは当然のことの様に増加して来たものだろうしね。
根本的な原因としては人間の「欲」と云うことに尽きるのかもしれないけど・・・。
つまりは、「ここは、オレの土地だ!」という主張が生じるようになり、あるいは縄張り争いの様なものに発展し・・・。人間の数が増えるにつれての増加とエスカレートと云うことになり、それが原因での争いになり、戦になり、国と国の戦争となる。
こういった争い事での共通しているのは、当事者の何れの認識においても、それぞれが立場においての正義感に燃えている。つまりは、自分の側が正義と云うことになる訳だよね。
只、その争いごとでの勝敗の結果が出た場合には、負けた方が悪であり、勝った方が正義と云うことになるのも世の常。そう云うもんだけどね。人間社会と云うのは・・・。
つまりは、所詮は矛盾だらけと云うことだよね人間社会というのは・・・。。
ふ〜ん。だけど、お父さんの話って、何だか解りやすいよね。(^_^.)
さっきの2次元、3次元の話になるけど・・・。
例えば、宇宙から地球をじっくり観察すると云うのは3次元からの視野になる訳で・・・。
だから、例えば、月にでも生活していて現在の地球上で人類の抱えている様々な問題をじっくりと時間をかけて周回しながら客観的な観察を続けるとしたら、特に、領土問題なんかの合理的な解決法と云うのは見えてくる筈と思うんだけどね?
只、本当のことを言うと、その解決法と云うのはお互いに腹の中では解ってはいるとしても、それを自ら言う訳にも行かないという事情やら面子やらもあったりする。
へ〜〜っ。どんなふうにだろうね?
つまりは、争っている当事者では、どちらも自分の側の言っていることがいつも正しいし、正義な訳だから、どちらかが譲歩するか、歩み寄っての半々にするか以外には解決の糸口さえも見つからないよね。永遠に。
要は、判断の基準を何処に置くかによって正義の根拠が違ってくる訳だし、日本と中国での争い事にしても、その判断主張の軸足が違っている訳だから、先ず、噛み合うことがない。
ロシアや韓国との争い事にしても同じだけどね。。。
難しいよね。
かつて、日本がアメリカと戦争をして敗戦を迎えた後に、アメリカは日本のあちこちに軍隊を残して、「日本にアメリカの基地を置くことで日本の安全は守ってやるから、日本は武力をもつ必要はない」と云うのが建前だった訳だけど・・・。
まぁ、この話は突っ込んでいくと、それだけで一冊の本になってしまう程の内容なんだけどね?
単純に、当時のアメリカ側の心を探るとすれば、半殺しにしてしまった蛇が再度に息を吹き返して、復讐心に燃えて立ち上がる可能性と云うのを徹底的に根絶しておく必要性もあったのだろうし、それに加えて、当時の世界情勢気配として、拡大拡張の意欲を感じさせていたソ連を始めとした共産圏国の進出に向けたアメリカ側前線基地としての必要性と役割であり、弱体化した日本が共産圏諸国側に取り込まれてしまうことだけは絶対に防がなければならないという事情もあっただろうしね。
それが、時代の流れとともに、世界の情勢も様々に変化してきて・・・。アメリカにしてみれば、当時には、中国は、まだまだ貧しくて非力だったから、日本に対して「守ってやるんだから、基地はタダで提供しなさい」と胸を張って言えたものだろうし、その内には、「日本の安全を守ってやってるんだから、米軍の駐留の経費位は負担してくれ」との要求になり、それも年々に要求を増やされ続けて来たものだったんだよね。
それが・・・、最近では、中国がどんどん、急激な成長を遂げ、武力を飛躍的に拡大増強してきていて、東シナ海や南シナ海での海洋進出を掲げて推し進めているのが現状。。。
相対的に、アメリカの方は軍事予算の厳しさもあって弱まってきつつの現状があり、今となっては、日本にもある程度は武力を着けての同盟国としての協力、共同での対処にしたいという本音もある。
つまりは、ある意味、日本はアメリカ本土防衛の上でも前線基地であり、盾であるというのが本音であるのも違いない処。
それは嫌だから、アメリカへの協力はしないとしたら・・・。それはそれで、中国の一番嬉しい処であり、何れはアメリカに伍して、或いは、それを上回る程の力を誇示すれば、自ずとアメリカは日本から身を引かざるを得ないだろうとの計算。その時点では尖閣も自ずと手に入ることになる。次には・・・。通り道に何とも目障りで邪魔なる沖縄南西の島々・・・。「先ずは、強固に主張と遠征を延々繰り返すことで、敵側(日本)の疲労と時機を待てば良い」と・・・。
それにしても・・・。日本が一切の武力を持つことなく、何れの国にも寄ることなく、他国への基地提供や同盟関係等も一切持たないとしたら・・・。それはそれで、他国からの侵略や脅しを受けるようなことなく、存続可能なものであるのなら理想であり、その分の経費は社会保障にでも回せるものなら、どんなにか豊かな社会になれるだろうかとは想像するも、但し、一旦、外国に抑えられてしまった領土と云うのは、二度と、容易には戻らないだろうというのは、先の終戦のどさくさ時に乗っ取られてしまった北方領土や韓国による実効支配至った竹島の例でも証明されているのが現実。
仮に、その内に尖閣を中国に押さえられたとしたら、その後にそれを取り戻すというのはアメリカと協力したとしても至難の業だろうし、島への接近はおろか、同諸島を起点としての領海領空への接近すら出来なくなるのは想像に難くない。それ等の諸島に中国側での前線基地が構築されるのも予想に難くない。
所詮、人の世は矛と盾の矛盾だらけの世界だからね。(´・ω・`)
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